福田 正彦
プロローグ ― 再び素敵な仲間と
2013年8月5日、コペンハーゲンの見学を終えてスター・フライヤーの甲板に上がると喫煙テーブルで栗田さんが一服やっていた。相変わらず止められないんだなあと思いながらもやあやあご無事で、と遅れて参加した仲間をみんなが歓迎する。コーヒー片手に現れた夫人の敦子さんも加わってこれで全員揃った。
2005年、セイルアムス2005では18人の仲間とオランダはアイセル湖で小さな帆船サクセスに乗って帆走し、運河の土手で帆船パレードを見た。また2008年にはタイのプーケットからスター・クリッパーに乗り込んでアンダマン海を1週間帆走した。主要空港を民衆に占拠されて4日間旅が延長するというおまけ付きでもあったが、帆船の旅は素晴らしい。そんなこんなの仲間が忘れがたい帆船での旅をもう一度、と1年も前から計画していたのが今回の旅だ。
齢を経たぼくの感覚では、バルト海というと日露戦争のロシア・バルチック艦隊の出発地という思いが強い。はるか西方の地域だ。そこで第23回ハンザセイル・パレードが開催され、13カ国から216隻以上の船が参加するという。オランダではただ土手の上から眺めただけだが、今回は自ら参加してパレードを中から見られるんだぜ、というのがうたい文句でこれが船キチどもの心を捕えた。でもまあ1年というのは長い。みんないろいろな事情を抱えているから、当初25名を超えた希望者が減り、最後は身近の友人で船や旅が好きという仲間も加わって、まことにお気の毒に土壇場で体調を崩した青木さんを除くと総勢16人、これに代理店メリディアン・ジャパンの王子さん夫妻を入れて18人となった。
ザ・ロープの佐藤さんは細かい細工で有名だが、夫人の道子さんはおっとりした性格だが存在感がありとても仲がいい。何かあるとうちの奥さんはどこへいったかな、と佐藤さんが探し回る姿がしょっちゅう見られた。佐藤さんは熊谷市にお住まいだが、そのすぐ近くということもあって岩崎紀子さんと高橋三恵さんが姉妹で参加した。共にかなり個性的でこれからのわがグループのメンバーに入って少しもひけを取らない。横浜帆船模型同好会の西谷さんはいうまでもないが、夫人のひさこさんは明るくて積極的、船のファッションショーに出演してやんやの喝さいを浴びた。その西谷さんの友人で無類の旅好きという中嶋さんご夫妻、これまた個性的で中嶋誠さんは膨大な知識をお持ちだがちっとも表に出さない穏やかな人だ。公子さんはどんと来いおかあさんで凡そ物に動じない。その夫婦間のバランスが絶妙でぼくはいつも心の中で手を叩いていた。同じザ・ロープの栗田さんはオランダでもご一緒した仲で典型的な商社マン。能動的で頼りになるが夫人の敦子さんは「せっかちで…多動性…」といって笑う。周囲に気を配るその笑顔は相変わらず魅力的だ。
単身参加の関口さんはぼくと同年配でヨーロッパに詳しく、この時も先行してブレーマーハーフンを見たという。ぼくに負けじとマストにも登る意欲もあるし、見かけによらず運動神経もある事を今回のクルーズで証明した。堀岡さんはぼくの酒の師匠で極め付きの個性派。それでもタイの時と比べればいくらか酒量が落ちたかも。霞さんは堀岡さんと共にわいわいクラブの重鎮だがなにかと世話を焼いてくれる。ビデオカメラを振り回しながら何をブツブツ言っているかと思ったら、音声記録をしているのだった。まめな人で、堀岡さんと仲がいいんだか悪いんだか分からないところが興味深い。村石さんは彫刻の名人で造船にも一家言ある面白い人だ。ホーンブロワーの「決選!バルト海」をあらかじめ読んできたのは村石さんだけで、さすが、というのが大方の評価だ。ぼくはかみさん連れで参加したが、スター・クリッパーも知るかみさんは、いざとなると積極的で今回も西谷ひさこさんに誘われて船のファッションショウ―に出演、マスト登りも平気だ。こういう面もある。
12日間の、ぼくにしてみれば長い旅が終わってみると、"旅"のいいところは、その思い出が醗酵することだ。どうでもいいような、なんとなく好ましくないことどもはかなり蒸発し、心に残ることが鮮明になる。せっかく素敵な仲間と旅をしたのだ。その思いを残しておこう。何の制約もなく思いを綴ろう。だからこの記録はぼくの偏見に満ちたものだ。もし、おい、それ違うよという向きがあるならば、また違った旅行記が見られるに違いない。
テンダーボートから撮影したスター・フライヤー、後ろの逆三角形の帆(ミズン・フィッシャーマン)を張っていれば全帆を展帆していることになる。下はこの会社のパンフレットで右上の写真の右の船が大型のロイヤル・クリッパー。